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More about ski jumping & nordic combined.....
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contents


2008.2.27 フライング世界選手権 「三国バトル」−団体戦の考察
2007.12.10 一国の表彰台独占の記録
2007.09.06 サマーGrand Prix:白馬大会の参加選手についての考察
2006.12.28 ロシニョール選手のその後
2006.05.22 ロシニョール、スキージャンプ部門から撤退
2005.11.04 メーカーWC どのスキーメーカーが1番WCポイントを稼いでいるか
07年WM in 札幌 日程(暫定)→06/07スケジュールにUP
2004.09.24ハウタマキ兄弟 WC出場停止の危機 
2003.05.26 外国人選手カタカナ表記研究所 外国人選手名を日本語で
About materials
◇マテリアルの迷宮1 Ski
スキー板の話
ハナヴァルトとフィッシャー/船木とフィッシャーシュミットとロシニョール
エラン/ブリザード/ゲルミナ
他人の板(その1)アホネンとアトミック◇他人の板(その2)ラッシ・フースコネン
◇マテリアルの迷宮2 Suits ジャンプスーツの話
Ski flyig フライングの話Doping ドーピングの話
Coaches 02/03 ヘッドコーチ人事
2003.09.25 コヨンコスキ、トリノまで続ける?!

2009年11月12日 ドーピング
ドーピングとは成績を上げるために薬物などを使うこと。選手は、フェアではない、副作用で健康を害するなどの理由から、これを禁じられていて、いつ何時でも検査に応じなければならない。持久力が要求されるクロスカントリースキーではしばしば話題に上がるが、スキージャンプでも00/01、ヴァシリエフ(RUS)の利尿剤によるドーピングがあった。ヴァシリエフは2年間の出場停止処分を受けている。

〈禁止薬物について〉
作用
A.興奮剤 アンフェタミン、エフェドリンなど。眠気、疲労感をなくし、闘争心、集中力を高める。気管支弛緩、血管収縮に効果があるので風邪、喘息、鼻炎の薬に含まれる。漢方系は特に注意。コーヒー2、3杯に含まれるカフェインは問題ないが、風邪薬、強壮ドリンクは注意が必要。
B.麻薬性鎮痛剤 モルヒネ、コデインなど。運動中の苦痛を軽減する。
C.蛋白同化剤 筋肉増強剤。
D.利尿剤 減量を容易にし、薬物を早く排出し、検査時に検出しにくくする。
E.ペプチドホルモンと類似物質 筋肉、持久力増強。

〈罰則〉
-指定薬物が検出された場合 1回目の違反:2年間の出場停止
-指定薬物が検出された場合 2回目の違反:競技から生涯追放
-治療目的で使用し、検査で陽性になった場合 1回目の違反:3カ月の出場停止
-治療目的で使用し、検査で陽性になった場合 2回目の違反:2年間の出場停止

05年8月11日(木)  2005 Summer Grand Prix (Nordic Combined) ルール変更
・走っている間はストックを使うこと
・インラインスケートのレール部分の長さは最大30cm
・インラインスケートの車軸間は最大19.5cmまで
・WC-Aに参加資格のある国は5人スタートできる。これによってクオータは次のように変わる。JPN/SUI/USAは3から5へ、RUSは4から5へ。
05年7月4日(月) 青信号、5秒から10秒へ。
青信号が15秒から今の5秒に変わったのは98/99シーズン。それまでコーチはできるだけいい条件を待って選手をスタートさせていたが、5秒では選手は青になったら自動的にスタートせざるを得なかった。5秒に変更した理由は、当時は競技委員長が信号操作をしており、自国の選手だけを優遇できないように、そして生放送の時間を考慮してと言われた。
FISは2005年サマーGPで試験的にではあるがこの5秒を10秒に変更する。10秒になることによって選手、コーチはややスタートのタイミングを選ぶことができるようになり、スタートボタンを押すRD Assiの責任も軽減する。
7年前の記事を引っ張り出したら、当時選手会長だったトーマが「せめて10秒にしてくれ」とFISに申し入れをしたが聞き入れられなかった、とあった。ちなみに今の選手会長、と言うか、選手の代表はアホネン。
05年6月26日(日) 2005/2006 ルール変更に追加
・首周り50cmから45cmに変更
(11/12追加:ノルディック複合で、首周りが35cm以上の選手は首周り+10cmまで許されるが50cmを越えてはダメ。前衿の高さは鎖骨の溝の始まり、つまり左右の鎖骨の真ん中より高くてはいけない。首の後ろに空きを作るのを防止するためか)。
・アンダーウェアのフードは禁止(昨シーズン、アッカーマンなどが着用していた)
・袖の長さと脚の長さも計測される。余裕は4cmまで。
ノルディックコンバインドWC-Bのサイトに新ルールのスーツの裁断図が載っている。
http://www.klingenthal.de/vsc/Weltcup-B/wcb-home.htm
Weltcup "B" Newsクリック→3つ目の緑のボタンをクリック
04年12月27日(月)シャンツェレコード新ルール
ジャンプ台公式記録成立のルールが変わる。発端となったのはハラホフのCOC。それまでのハラホフのレコードはアホネンの145.5m(04/12/12)。それを17日のCOCでマルティン・コッホが151.0mを飛んで更新した。確かに選手のレベルによって助走路が随分ちがう。アホネンが飛んだゲートは7、COCではこれが14だった。そこで今後は(遡りもあり)、成立した予選および試合で、助走路の長さが同じかそれ以下だった場合のみに記録は成立し、予選の場合は予選不通過者よりも低いゲートで飛んだ場合に限られる。フライングではラウンドが成立しなくても記録が認められる。よって17日のコッホの記録は不成立。記録保持者はアホネンに戻る。

05年10月28日追記 大倉山の場合:大倉山の現在のシャンツェレコードは05年3月25日の金子祐介選手の145.0m。ゲートは、風があるか、追い風か向かい風か、雪が降っているかなどの気象条件決められるが、選手のレベルにも左右される。金子選手の記録は20番ゲート。原田選手が何番ゲートで飛んだかはネットで調べられる範囲ではわからなかった。WCのみで遡ると05年、ユッシライネンが、99年にはシュミットが139.0m飛んでいるが、いずれもゲートは22。03年、リーグルも139.0mでこれが12番ゲート。まぁ、FISの公式記録は公式記録、大倉は大倉の記録でいいんじゃないですか...。ちなみに名寄のバッケンも04年にビーラーが出した98mを全日本コンバインドで高橋大斗が99.5m飛んで破っているが、これもゲートがわからず。

08年2月20日 06WC、08COC/WCの記録を追加。レコードは未だ破られず。
大会名
選手名
飛距離m 速度km/h
ゲート
天気 平均風速m/s
05/3/25 伊藤杯ファイナル 金子祐介 145.0 90.1 20(88.0m) 1.0
08/2/03 ワールドカップ モーゲンシュテルン 139.0 94.2 10(82.5m) 小雪 2.2
08/1/13 コンチネンタル杯 カルテンベック 141.5 98.7 12(83.5m) 2.0
06/1/22 ワールドカップ ヨケルソイ 140.0 90.2 13(84.0) 晴れ 1.2
05/2/05 ワールドカップ モーゲンシュテルン 135.5 87.2 13(84.5m) 降雪 1.9
05/2/06 ワールドカップ ユッシライネン 139.0 88.1 22(89.0m) 降雪 1.9
04/1/24 ワールドカップ アホネン 135.5 88.8 15(85.5m) 1.5
04/1/25 ワールドカップ ヨケルソイ 133.5 89.5 15(85.5m) 晴れ 1.5
03/1/25 ワールドカップ リーグル 139.0 87.5 12(83.5m) 2.1
02/1/13 STV杯(COC) 原田雅彦 141.0 89.1 ? ? ?
99/1/24 ワールドカップ シュミット 139.0 90.6 22(89.0m) 晴れ 1.0
※これはリザルトから書き写したものでバッケンの変遷がどこかに載っているわけではありません。
05年5月11日(水) FIS、ジャンプスーツのデザインを規制
5月10日付の朝日新聞によれば、この夏から、ジャンプスーツのデザインが統一されるようだ。すでに03年には以下のようなルールが決まっている。
・トルソーを除いて(Ocm)、計測6カ所すべての余裕は6cm
・通気性40リットル/m2/secまで
・袖の長さ:最長、手首まで
・指、靴に固定するバンドは、調節が利かない(伸縮しない)ものしか許可しない
・生地の厚さはすべての箇所で等しくなければならない(最高5.0mm)
・生地の化学的処置は許されない
・生地の枚数は制限される(各腕+肩-最大3、上半身-最大5、各足-最大3)
・縫い目はスーツの内側になければならない。最大幅12mm
・縫い目は生地の固定のためのみに許される。余計な縫い目(ex:折り目を作る)は禁止
・全身を通して同じ素材であること(適合素材あり)
・04/05、首周りを55cmから50cmに規定

これまで、生地の枚数は決まっていたが、はぎ方、つまりデザインには工夫の余地があった。上半身と下半身をウエストで縫い合わせたスーツもあれば、背中部分が股下まで続いているものもあった。最近の流行は首の後ろに張りを持たせて空気が入るようにしたデザイン。選手はそれぞれの飛行スタイルや着心地等で選んでいた。これをFISは公平性を高めるために統一するという。
04/05シーズン BMIルールの導入
いわゆるBMIルール--FISはBMIルールとは呼んでいない。身長と体重に対するスキー板の長さの規定、とは最近の傾向であるジャンパーの痩せすぎ防止のために導入されたルール。BMI (Body Mass Index)とはWHO (国際保健機構)が定めた身長に対する体重の基準値で、体重(kg)÷身長(m)2で割り出される。18.5未満 (ex.180cm、60kg)が痩せすぎ、18.5-24.9:ノーマル、25-29.0:太りすぎ、30以上は肥満。

スキージャンプでは、体重+靴+スーツ(kg)を身長(m)の2乗で割った値が20.0未満だと、身長の146%の長さのスキー板が使えなくなる。板の長さは146%、144%、142%、140%、138%とA〜Eの5つのランクに分かれている (体重によるスキーの長さの表はFISのHPのルール Measurement for ski length and weightに出ています)。180cmで65kg (靴とスーツを入れて)なら146%の263cmの板を使えるけれど、59kgしかないと138%の248cmになってしまう。で、この248cmは170cmの選手がBMI20.0の場合 (58kg)の146%の板の長さ。体重が1kgしか違わないのに身長差は10cm。長身軽量選手が有利だったのでしょう...。
なお、このルールは女子ジャンパーには適用されない。なぜかというと、痩せすぎの傾向が女子には見られないからだそうだ。
04/05シーズン K点からHS (Hill size)へ ○m級という言い方
2004年夏からジャンプ台の大きさを表すのにK点に代わってHS(Hill size ヒルサイズ)が用いられる。HSは着地面の角度が32°になる地点で、ほぼこれまでのジュリーディスタンスと考えてよいが、すべての台でイコールではなく、HSの方が短い場合がある(ex.:大倉のJDは138m、HSは134m)。HSの導入によってジュリーディスタンスは廃止され、HSの95%を超えるジャンプが出た場合にジュリーミーティングが開かれることになる。
ちなみにこのジュリーディスタンス、毎シーズン、シーズン前に検討され決められていた、つまり変わっていた。導入されたのはおそらく98/99シーズンで(それ以前はLongest Distanceの表示しかないので)、大倉山のジュリーディスタンスは'99〜'00が140m、'01〜'04が138mだった。マテリアルの規制やルール変更で、この先140m超のジャンプはもう見られなくなるのか...。シャンツェレコードも更新されにくくなる?!
なお、K点は残り、飛距離点はこれまで通りK点を基準に算出される。

○m級の○mとはなんの距離なのか?
70m級シャンツェは現在、ノーマルヒル、90m級シャンツェはラージヒルという言い方をしている。ノーマルヒルはK点が75mから99m、ラージヒルは100mから120mのジャンプ台。70m、90mというのはインランの長さで、K点はカンテからの距離。大倉山は1931年の完成時は60m級、52年に80m級。70年のK点は110mで72年の札幌オリンピック当時は90m級と呼ばれていた。86年にはK点115。大倉山が現在のK120になったのは1996年。ノーマルヒル(NH)、ラージヒル(LH)という呼び方に変わったのは89/90。



2008年2月25日 フライング世界選手権 「三国バトル」−団体戦の考察
NORのバルダルが「オレのせいだよね」と落ち込み、「オマエが悪いんじゃない...っつうか、ヒルデの2本目以外、みんなダメダメだった」とルメレン。アホネンは前日まで熱があったと言うし...。個人戦の結果から見て、メダルはAUT、NOR、FINの争いになることは予想されたが、ほぼその通り。第1グループのコッホの大ジャンプでAUTは早々に一抜け。NORとFINが激しい銀メダル争いをした。
その昔、団体戦では、グル−プを追う毎に強くなっていくものだと思っていた。作戦はいろいろあると知ったのは、ドイツチームが、強い選手で挟んだ、つまり1番がハナヴァルトでアンカーがシュミット、というオーダーをよくとっていたとき。これは当初、奇襲と言われたが、FINもマッティがトップバッターでアホネンがアンカーであることが多かった。今回、改めて、オーダーって大事だと思ったし、NORは(調子がよい)ヨケルソイが必要だったのかも。さて...8本を通してメダルはAUT、FIN、NORの3カ国で争われていた。その順位の入れ替わりを追った。

1本目 
第1グループ ゲート33
m/点(順位)
トータル
1位との点差
11
FIN
ハッポネン 205.5/200.6(2) 200.6(2) -10.3
12
NOR
ルメレン 198.5/191.7(3) 191.7(3) -19.2(-8.9)
13
AUT
コッホ 214.5/210.9(1) 210.9(1)
スタート順は現在のWCの国別の逆順。ルメレンがハッポネンを抜けず、NORは2位スタート。
 
第2グループ ゲート33
m/点(順位)
1+2(順位)
1位との点差
11 FIN オッリ 176.0/160.2(7) 360.8(2) -35.0
12 NOR バルダル 177.0/163.4(4) 355.1(3) -40.7(-5.7)
13 AUT モーゲンシュテルン 192.0/184.9(1) 395.8(1)
FINとNORはヴィリンゲンの団体戦とまったく同じオーダー。AUTだけは誰1人として一緒ではない。

第3グループ ゲート35
m/点(順位)
1+2+3(順位)
1位との点差
11 FIN M.ハウタマキ 177.5/164.5(5) 525.3(3) -39.7(-1.6)
12 NOR ヒルデ 184.0/171.8(1) 526.9(2) -38.1
13 AUT コフラー 181.0/169.2(3) 565.0(1)
1本目で唯一、AUTがトップをとれなかったラウンド。それでもアドバンテージで余裕のトップ。ヒルデの1位ジャンプでNORが2位に上がる。ラウンド2位はシュミット(GER)の183.5m/170.7点。

第4グループ ゲート37
m/点(順位)
1+2+3+4(順位)
1位との点差
11 FIN アホネン 195.5/187.1(4) 712.4(3) -52.9(-4.3)
12 NOR ヤコブセン 196.5/189.8(3) 716.7(2) -48.6
13 AUT シュリーレンツァウアー 206.5/200.3(1) 765.3(1)
1本目が終わって4位はGERの645.1点で、3位FINと67.3点差。1人当たり16.8点差では逆転は無理。メダル争いは3チームに絞られた。

2本目
第1グループ ゲート37
m/点(順位)
1本目+1
1位との点差
11 FIN ハッポネン 201.5/195.8(2) 908.2(2) -63.7
12 NOR ルメレン 196.0/188.7(3) 905.4(3) -66.5(-2.8)
13 AUT コッホ 210.5/206.6(1) 971.9(1)
2本目には1本目の上位8チームが進み、スタート順は敗退チームを除いて1本目と同じ。ハッポネンの200mジャンプでFIN、2位を取り戻す。

第2グループ ゲート38
m/点(順位)
1本目+1+2
1位との点差
11 FIN オッリ 196.0/188.2(1) 1096.4(2) -57.1
12 NOR バルダル 183.5/172.2(5) 1077.6(3) -75.9(-18.8)
13 AUT モーゲンシュテルン 190.5/181.6(3) 1153.5(1)
コッホがHSに迫るジャンプをしてもゲートを上げたのは、よっぽど条件が悪かったか、コッホが特別と見たか。好調とは言えないモルギィ。アンカーじゃなくてよかったかもしれない。

第3グループ ゲート40
m/点(順位)
1本目+1+2+3
1位との点差
11 FIN M.ハウタマキ 201.5/195.3(3) 1291.7(2) -52.2
12 NOR ヒルデ 206.0/202.2(1) 1279.8(3) -64.1(-11.9)
13 AUT コフラー 197.0/190.4(4) 1343.9(1)
距離はヒルデの方が出たが、M.ハウタマキ、この週末で一番のジャンプでFINの2位を確実にする。11.9点差のNORがFINを抜いて銀メダルを獲得するには、最終ジャンパーのヤコブセンがアホネンより10m遠くに飛ばなければならない。

第4グループ ゲート39
m/点(順位)
1本目+2本目
1位との点差
12 NOR ヤコブセン 184.5/173.4(4) 1453.2(3) -100.1(-23.8)
11 FIN アホネン 194.0/185.3(2) 1477.0(2) -76.3
13 AUT シュリーレンツァウアー 217.0/209.4(1) 1553.3(1)
2本目の最終グループは第3グループまでの得点の順位の逆順で飛ぶ。これもFINには幸いした。最高のジャンプをして待ちたいヤコブセン、184.5m。ヤンネは狙っていく必要はない、175mも飛べばいい。

NORは金メダルに対しても、FINとの銀メダル争いにしても、深刻になりすぎたような気がする。もちろん、試合は真剣勝負だけれど、「失敗したくない」と自分たちにプレッシャーをかけすぎたのかもしれない。で、3位表彰台も、全然うれしそうじゃなかった。AUTはヴィリンゲン団体3位を教訓に、オーダーをまったく入れ替えたのが当たった。1.フライング好き、現在絶好調のコッホ 2.ちょっと弱った紛れもない大将モルギ 3.ときどき弱気になってしまうコフィ 4.怖いもの知らずのシュリーリ ナイターならNORが勝っていたかも。彼らがどう見ても夜っぽいから、ではなく、気温が下がり、もう少しスピードが出たと思うから。今季、もう1つ団体戦がある。地元でFINが勝つか、NOR、リベンジか...。

表彰台一国独占の記録
2007年12月10日、トロンハイムでAUTが表彰台を独占。いつ以来なのかと、FISのHPで記録を調べてみた。いくらAUTが強いといっても、最近は1、2フィニッシュなど、2人まではあっても、3人となると多くはない。調べているとスロットマシーンをやってるみたいだ。まちがいがあったら、ご指摘ください。
開催地
1位
2位
3位
2007 Trondheim AUT Morgenstern Kofler Loitzl
2006 Zakopane FIN M.Hautamaeki Kiuru Ahonen
2002 Titisee-Neustadt AUT Hoellwarth Goldberger Kofler
2002 Hakuba AUT Widhoelzl M.Koch Horngacher
2001 Oberstdorf FIN Jussilainen Lindstroem M.Hautamaeki
1998 Vikersund JPN 岡部孝信 斉藤浩哉 葛西紀明
1998 Ramsau JPN 原田雅彦 船木和善 斉藤浩哉
1998 Garmisch-Partenkirchen JPN 船木和善 原田雅彦 斉藤浩哉
1992 Oberstdorf AUT Rathmayr Felder Goldberger
1992 St.Moritz AUT Felder Rathmayr Hoellwarth
1991 Lahti AUT Felder Kuttin Haim
1990 Sapporo GER Kiesewetter Thoma Heumann
1982 Strbske Pleso NOR Bremseth Hansson Saetre
1981 Iron wood AUT Lipburger Felder F.Koch
1980 Strbske Pleso AUT Kogler Millonig Neuper
1980 Planica AUT Neuper Kogler Millonig
1980 Thunder Bay AUT Kogler Neuper Innauer
1979 Cortina d'Ampezzo AUT Innauer Neuper Groyer

2007 サマーグランプリ:白馬大会の参加選手についての考察、のようなもの
日本でサマーグランプリは長野五輪のあった98年に始まっている。札幌でGPが開催されていたのは1999年から2001年の3年間。その後、2002年、2003年とGPは日本では開催されず、2004年からは白馬のみで再開している。ちなみに白馬ではあの2004年を最後に冬のWCは開催されていない。
白馬大会参加者数・主要来日選手
GP総合 TOP3
WC総合 TOP3
1998 49人? カンテー 1 原田雅彦 98/99 1 シュミット
ハナヴァルト 2 船木和善 2 アホネン
シュミット 3 シュミット 3 葛西紀明
1999 49人 ハナヴァルト 1 ハナヴァルト 99/00 1 シュミット
ゴルトベルガー 2 ゴルトベルガー 2 ヴィドヘルツル
アホネン 3 アホネン 3 アホネン
2000 48人 アホネン 1 アホネン 00/01 1 マリシュ
M.ハウタマキ 2 M.ハウタマキ 2 シュミット
シュミット 3 宮平秀治 3 ユッシライネン
2001 40人 マリシュ 1 マリシュ 01/02 1 マリシュ
ゴルトベルガー 2 ゴルトベルガー 2 ハナヴァルト
GER/FIN主力の参加なし 3 ホルンガッハー 3 M.ハウタマキ
2002 日本開催なし 1 ヴィドヘルツル 02/03 1 マリシュ
2 ジョーンズ 2 ハナヴァルト
3 アホネン 3 ヴィドヘルツル
2003 日本開催なし 1 モーゲンシュテルン 03/04 1 アホネン
2 コッコネン 2 リューケルソイ
3 ヘルヴァルト 3 ロモレン
2004 55人 マリシュ 1 マリシュ 04/05 1 アホネン
モーゲンシュテルン 2 ヘルヴァルト 2 リューケルソイ
M.ハウタマキ 3 フォーファング 3 M.ハウタマキ
2005 42人 モーゲンシュテルン 1 ヤンダ 05/06 1 ヤンダ
フォーファング 2 ロイツル 2 アホネン
ヤンダ 3 モーゲンシュテルン 3 キュッテル
2006 38人 ハッポネン 1 マリシュ 06/07 1 マリシュ
M.ハウタマキ 2 ロイツル 2 ヤコブセン
アマン 3 コフラー 3 アマン
2007 39人 キュッテル
ノイマイヤー
カルテンベック
GPのポイントがWCポイントに加えられるようになったのは99年。それまでシーズンオフのアトラクションにすぎなかったGPに選手たちは積極的に参加するようになったが、それも一時的で、とくに極東の日本へ参戦する選手は冬にも増して減少の一途をたどっている。
98/99シーズンWC開幕戦でいきなり優勝し、ブレイクしたマルティン・シュミットは、まだ無名だった98年、夏、GPで総合3位に入り、タレントの片鱗を覗かせている。99年、2000年はほぼフルメンバーが来日。99年はハナヴァルト、2000年はアホネンの夏だった。その後、夏の好調=早すぎる仕上がりは求められなくなる。NORなどは試合という状況に身をさらすことによってジャンプに疲弊してしまったり、飽きてしまったりするというのだ。とくに経験ある選手たちは試合形式で練習をしなくても試合カンというのは持っている。それでも2004年はマリシュが来日、GPで総合優勝しているが、冬はいまいちだった。翌05年はヤンダが夏冬ともに制している。

2007年GP白馬大会参加者のWC/COCの順位
WC
COC
WC
COC
AUT カルテンベック
SLO ウルバンツ
33
CAN バクスター
ボガタイ
36
リード
テペシュ
27
CZE マトゥラ
37
ログリッツ
67
チクル
SWE アレン
23
ハイエック
51
71
グリムホルム
55
46
FIN ラリント
34
SUI キュッテル
リンドストローム
47
メーリンガー
28
38
GER ノイマイヤー
20
JPN 岡部孝信
40
ジーモン
51
葛西紀明
KAZ ザパロフ
34
竹内択
37
POL ズィラ
伊東大貴
バハレダ
27
28
梅崎慶大
55
スリツ
14
栃本翔平
19
スクーピエン
33
湯本史寿
41
15
RUS イパトフ
25
小山内佳彦
13
コルニロフ
12
伊藤謙司郎
43
カレリン
53
47
山田大起
ロスリアコフ
23
51
参加者中、最高ランクがキュッテルの8位。この夏のキュッテルの問題点は悪くはないのに2本そろわないこと。それでも10位以内なのだけど、ここぞという場面で勝ちを逃しているのも確か。もっといい結果なら彼も日本へは来ていないだろう。キュッテルの次に順位がいいのが12位のコルニロフ(RUS)。プラジェラトの6位が最高。こちらは初優勝狙いか。そして19位が栃本選手。CZEはマトゥラとチクルがCOCで8位と7位。COCといえばAUTから唯一参戦するカルテンベックが2勝で現在COCの総合1位。2位が梅崎選手だ。日本は5+5で10人出場する。土屋の葛西、伊東両選手はGP初参戦だ。が、なんか、勝てそうな気はしない...。勝てなくてもいいから、ポイントを取って55位以内に入って冬のクオータを増やそう!!

2007/2008 クオータのルール変更 (11/2マーナーチェンジしました)
スキージャンプ
・予選から本戦に進める人数は50人で変わらないが、シード選手はWCトップ15から10に減る。
・最大クオータは現行の8から7へ。これにCOC選手も含まる。

WC出場資格
・WRL55位以内。ただしチームで最大6人まで。
・ネーションズカップ(国別ランキング)トップの国に+1。

・ワールドカップリーダーに特別なクオータは与えられない+1。←この部分、変更。
・コンチネンタルカップ総合トップ3(トップ2から変更)トップ2。 総数は変わらないけど。
・コンチ、国別、すべて含めた最大人数は各国7名。

2005/2006 ウィンターシーズンクオータ(試合参加枠)の話
スキージャンプ
WCの参加資格:
・WRL(ワールドランキングリスト)の上位55人(各国上限6人まで)
・WCリーダーには+1(つまりアホネンを除いてFINに55位以内が6人いればFINは7となる)
・ネーションズカップのリーダー国は+1(つまりAUTに55位以内が6人いればAUTは7)
・CRL(コンチネンタル杯ランキングリスト)上位2人 
しかし各国最大合計8人まで。ピリオド終了毎に入れ替わる。参加選手は記名式ではない。
・開催国枠はクオータと同じ数。つまりクオータが8ならば8人。ただし同国で3試合以上WCが開催される場合は2試合でしか投入できない。
COCの参加資格:
・CRLの上位50人(各国8人まで)。4人以下の国は4人まで投入できる。
・ホスト国のナショナルグループは8人まで(10人から変更)

ノルディックコンバインド
WC-Aの参加資格:
・WRLの上位40人
・WC-Bの上位3人*
・JWMのトップ8とWM/OWSのトップ10*
・ワイルドカード保持者(怪我等で前季、出場できなかった選手)
・しかし各国最大8人まで。
・*はWRLで上位40位に入っていない場合のみカウントされる。
・純ジャンプと異なり記名式。
WC-Bの参加資格:
前季の国別の順位によってクオータが与えられる。1〜3位の国には8、4〜8位には6、9〜12位は5、13位以下は4。ちなみに日本は7位だったので6。出場選手は記名ではなく国内選考。



05年6月18日(土) 2007年ノルディック世界選手権日程(暫定)
17日付の北海道新聞に掲載されたWMの日程をUPします。まだ暫定で、正式には来年5月のFISコングレスで決定する。ちなみに2007年のHPにはまだ出ていないのであくまで暫定
2月22日(木) 開会式
2月22日(木) クロスカントリー 男女個人スプリント予選/決勝
2月23日(金) クロスカントリー 男女団体スプリント予選/決勝
2月23日(金) ノルディック複合 個人スプリント
2月23日(金) ジャンプ 個人ラージヒル予選
2月24日(土) クロスカントリー 男子パシュート*
2月24日(土) ジャンプ 個人ラージヒル決勝
2月25日(日) ノルディック複合  団体
2月25日(日) クロスカントリー 女子パシュート
2月25日(日) ジャンプ 団体ラージヒル
2月26日(月) 予備日
2月27日(火) クロスカントリー 女子10kmフリースタイル***
2月28日(水) クロスカントリー 男子15kmフリースタイル
3月
21日(木) クロスカントリー 女子4x5kmリレー
3月
21日(木) ジャンプ 個人ノーマルヒル予選
3月
22日(金) クロスカントリー 男子4x10kmリレー
3月
22日(金) ジャンプ 個人ノーマルヒル決勝
3月
23日(土) クロスカントリー 女子30kmクラシカル**
3月
23日(土) ノルディック複合 個人
3月
24日(日) クロスカントリー 男子50kmクラシカル

札幌ドームでの開会式後、ドームをスタート/フィニッシュ地点としてクロカンのスプリントが行なわれる。翌日のスプリントも同様。室内で距離競技を行うのは史上初。2002年サッカーWCに続いてドームの様子が世界に中継される。コース作りの関係でしょう、複合は一番最初にスプリントが行われる。これまでは個人-団体-スプリントの順だったが。

できたらいいな、と言っていた複合マススタート、ジャンプノーマル団体、女子ジャンプ(公開競技)はナシ。複合マススタートは、ジャンプ得意の選手に有利な試合方式で、高橋大斗のチャンスを広げようとしたのかもしれない(でも大斗選手は札幌のマススタートでよかったことはないけど...)、どっちにしろ試合数が増えたら楽しかったのに。ジャンプは規定ではノーマルの団体はやってもやらなくてもいい。01ラハティ、05オーバーシュトドルフWMではやったし、03ヴァルディフィエンメ、99ラムザウではやっていない。諦めたのは日程や予算の都合でしょう。女子ジャンプは強いNORが五輪などにもとても積極的に働きかけているが...

懸案だったテレビ局は結局、NHKと民放5社の共同制作となる、ようだ。

〈用語解説〉(自分が)なじみのないクロカン用語について少々...
*パシュート:前半がクラシカル走法(男子15km、女子7.5km)、後半をフリー(男子15km、女子7.5km)で走る。選手は前半と後半の間でスキーを履き替える。走法によってワックステクニックがちがうから。
**クラシカル:スキーを交互にキックして雪面に掘られているシュプール上を走る走法。スケーティングは禁止。
***フリースタイル:クラシカルで走ってもいい。スケーティングもあり。



マッティ&ユッシ・ハウタマキ 04/05 WC出場停止の危機:スポンサー契約の話
フィンランドの兄弟ジャンパー、マッティ・ハウタマキとユッシ・ハウタマキが04/05シーズン、試合に出られないかもしれないという聞き捨てならない話が伝わってきた。

ことの発端はマッティが英国のベッティング(賭け)会社『Ladbrokers』とスキー板のスポンサー契約を結んだことにある。昨年12月に契約したにもかかわらず未だにマッティの板にはLadbrokersの名前はない。それはフィンランドスキー連盟に禁止されたからだという。

フィンランドのジャンプチームと複合チームには、スポンサーとしてフィンランドのベッティング会社『Veikka
us』がついている。つまり、同時に競合他社の宣伝することは許されないというのだ。FINチームはほかに現在、Hyundaiと契約しているが、そこで1人だけTOYOTAと板の宣伝契約を結んでいるようなものだ。それがNGだというのは、広告屋としては常識だが...。

スポンサー契約が細かく規定されている、または選手自身、細かく契約しているであろうことは、例えばアホネンを見るとよくわかる。彼は国内戦と国際試合、夏と冬で着るものやヘルメット、板のスポンサーを変えている。選手はおそらく、シーズン中に何回TVに映るかを計算して契約している。それで悪天候でも簡単には棄権できなくなったとも言われている。ハリウッドスターや有名スポーツ選手のCMなども、ほとんどは日本でしか流さないという条件で契約している。

ハウタマキほどの選手ともなれば、スポンサーなどほかにいくらでも見つかるだろうに、この夏、新しいスポンサーの話が3つほど持ち上がったが、どれもまとまらなかったという。なぜ『Ladbrokers』ではいけないか、というところで兄弟は連盟と争っているらしく、それをこのまま続けるなら試合には出てほしくないと連盟は主張しているらしい。8月末、ハウタマキはこの件で弁護士に依頼、裁判沙汰にまでなるかもしれないという。それはどうもこのままでは契約不履行、つまり宣伝契約したのに宣伝していない、で訴えられてしまうので、ということのよう。

世界記録保持者であり、チームの主力であるハウタマキを出さないではいられないだろうというところにファンの声は期待しているが、連盟はただでさえ少ないスポンサーを失うことの方が痛手は大きいと考えているのかもしれない。Veikkausがおりたら、キミたちはジャンプを続けることもままならないのだと...。

マッティは白馬のGPにエントリーしている。こんな不協和音の中、どこまでがんばれるのか...。応援はしたいけど、とにかく競合他社は無理よ ...。

今後、話が進展したらまたお伝えしたい。
出典:MTV3, Skispringen.com
後、話が進展したらまたお伝えしたい。



マテリアルの迷宮 〈ス キ ー 板  の  話〉
◆◆◆Fischer◆◆◆
ハナヴァルトとフィッシャー
99/00シーズン。サマーGP総合優勝。なのに、冬は成績が思うように出ないハナヴァルト。
悩んだ末、ジャンプ週間を前に板をチェンジすることに。最初、スキーを換えようとコーチから提案されたとき、信じられなかったという。彼自身、調子が出ない、スピードが乗らないのは板のせいだとは思っていなかったから。
でも、フィッシャーに換えようと言われて、フナキの一番いいときのフライトを思い浮かべた。あの飛行曲線....もしかしたら自分にも合っているかもしれない。そしてこの変更は功を奏する。
その後、ヴィリンゲンでお目見えした、先端が四角いスキーにさらにチェンジ。

より多くの浮力が得られるこのスキーでハナヴァルトは後半のフライングを連覇。翌シーズンからはスキーの形状も細かく規定されることになり、この板はルール違反に。それに対する彼のコメント:「禁止はうれしい。だってこれで板のおかげで勝ってるって言われなくて済むから」このスキー、より多くの浮力が得られるのは確かなのだが、扱うのは簡単ではなく、ちょっと失敗すると、すぐに失速するそうで、確かなテクニックが必要なのだそう。つまり彼はこの板をうまく乗りこなしていた、この板で勝てたのは、彼がこの板をうまく扱えていたからに他ならないのだと。それは同じ板を使っている選手がみんないい成績を出しているわけではないからだ。

それでも、とくにフライングで連勝したので、軽量ゆえの勝利と言われ、本人は甚く傷ついていた。そんなことははねのけ、何が悪いの?というぐらいに、もっと自信を持ってしまえばよかったのにね...。どっちみち禁止になってしまったので、もういいんですけどね。
01/02はナント彼、ロシニョールに変えました。マルティンと同じ。たっぷりと筋トレをして体重も増え、絶好調らしいです。でも彼がロッシを持ってるとなんかヘン...。まだしっくりこない。同じ板になってマルティンとの間に隠し事がなくなって楽だというけど。

船木とフィッシャー--スキーを換えるということ
このハナヴァルトの話を聞いたとき、実は「だよね〜」とちょっと思った。船木選手のフライトを思い浮かべ...というくだりです。船木選手はフィッシャーからロシニョール、そしてエランとスキー探しの旅に出ていたから。もちろんルール変更で、スキーとのいい関係も変わってしまったのかもしれない。

ハナヴァルトがフィッシャーからロッシに換えたのはフィッシャーがよくないからではなく、単に新しくロッシと契約したからだけらしい。
01/02シーズン、マルティンは合うスキーを探し続けた。じゃあ、換えれば?と思うのだけど、これも契約の問題もあるらしい。マルティンがエランからロッシに換えWC総合優勝したシーズンのジャンプ週間、インスブルック。成績が悪かったのは彼が悪いのではなく、スキーのせいだとヘスコーチは言った。マルティンは助走をスピードに乗せるため漕ぐ癖がついているのだけど、インスブルックはインランがアイスバーンでこれがスキー、もしくはワックスと合っていなかったかったのだという。ヘスさんは「マルティンはスキーを漕ぐ」というところで、ロッシを履いている選手は、例えば原田とかでもそうだと思うが、と言った。

それを聞いて私はふ〜ん、そうなんだと、とても感心した。今、原田選手はロッシではなくアトミックですが。選手それぞれのメーカーを書き出してみても、選手間に共通項など見つからないし、タイプで別れているとも思えない。なぜヴィドヘルツルが1人ブリザードを履いているのかとか(Bチームの選手にも1人いるそうです←のちにフローリアン・リーグと判明!!)、スロヴェニアにはやはりエランを履いている選手が多いとか思うと、やはりスポンサー、契約ということになるのでしょう。低迷しているのならスキーチャンジは気分転換になるだろうし、一番よかったときのスキーがいいイメージを持てるのではと思うのだけど、素人は。

01/02 フィッシャーを使っていた選手たち:船木 葛西 宮平 吉岡 ドゥフナー(GER) ゴルトベルガー(AUT) コッホ(AUT) リンドシュトローム(FIN) ロメレン(NOR) アルボーン(USA) ジョーンズ(USA) スクーピエン(POL)
◆◆◆Rossignol◆◆◆
シュミットとロシニョール
マルティン・シュミットがブレイクしたシーズン、スキーの長さのルール改正があった。その恩恵を受けて成績を伸ばした選手の一人だと、当時、彼はよく言われていた。でも本人はそれには決して同意しようとしなかった。
板が長くなると聞いて、喜んだ。でも長い板で飛んでみてがっかりした。思ったほど劇的に距離が伸びるわけではなかったから--長ければ飛べるなら、自分より背の高い選手はいっぱいいる。だから板が長くなったことがブレイクの要因ではないと言う。
でもメーカーをエランからロシニョールに変えたことはよかった。
ロッシの板は彼の飛行スタイルにとてもよく合っていた。かかとの紐の長さを変え、前傾角度を変えた。
そして00/01シーズン。新ルールに対応する板がどうもしっくりこない。表面積の利点を生かした新しい板で思うような成果が出ない。しばらくはその利点を捨てて、昨シーズンの板で飛ぶ。クオピオの開幕戦はその板で優勝。それでも利点を使えないのは厳しい。それからメーカーの悪戦苦闘が始まる。
札幌の会見で「また板、変えたんですか?」と聞かれて、「上から色塗っただけです」ととぼけていた。シーズン中、7、8回変えたのでは?それぞれのモデルで1勝はしているという。
たとえば札幌で70m付近で失速した同じ板で白馬では勝っているといったように。今では、その赤い、アルペンの板のようなデザインの、ロシニョールのマルティン・シュミットモデル(プロトタイプ?つまりシュミットのためにロシニョールが開発)を、多くの選手が使っている。02/03シーズンはますますアルペンの板のような虎がデザインされたのが新作だ。
しかし、一流選手に、より早くいいマテリアルがいく、強いものはますます強くというのは問題だとも言われている。
日本のメーカーも日本人ジャンパーのために板を開発してくれたらいいのに、と私は思う。

01/02 ロッシニョールを使っていた選手たち:シュミット(GER) ハナヴァルト(GER) ウアマン(GER) ユッシライネン(FIN) J.ハウタマキ(FIN) キウル(FIN) キュッテル(SUI) インゲブリックセン(NOR) ドレジャル(CZE) コベレフ(RUS)
◆◆◆ELAN◆◆◆
99/00シーズン、ハナヴァルトやゴルトベルガー、ソイニネンに見限られてしまったエラン。00/01は「先シーズンはまったくダメだったけど、今シーズンはまたいいよ」とトーマがコメントしていた。そのエランで連戦連勝したマリシュ。違いは板のたわみで、踏切後、あがってくる早さがちがうんだそうです。使っているのはやはり地元スロベニアの選手が多いです。

01/02 エランを使っていた選手たち:マリシュ(POl) アマン(SUI) ペテルカ(SLO) フラス(SLO) ゾンタ(SLO) クランイエッツ(SLO) チェコン(ITA) ドネム(NOR) ヨケルソイ(NOR) ヘル(GER) 山田大起
◆◆◆ATOMIC◆◆◆
他人の板(その1) アホネンとアトミック
'01パーククシティ、個人戦の2本目。飛び終わった後、アホネンが、板を立てる(見せる)こともせず、そそくさとブレーキングトラックを去ったのは、結果に不満足なだけではないようだ。
よく見ると、彼が手にしているのは赤いアトミックではなく黄色い板、ロシニョールだ。1本目で自分のスキーが壊れてしまい、2本目はユシライネンに借りて飛んだという(4cmほど短いはず。ユシライネンは1本目で敗退していた)。他人の板で飛んで、平然と5位。もちろん彼にしては不本意な成績だろうけど、「自分の板じゃなかったから飛べなかった」と言い訳するほどの失速でもない...。弘法、筆を選ばず、でしょうか。
おまけ:初めての国際試合に出場した15歳のアホネン少年。試技では6位だった。ところが、1本目を飛ぶ前にニエミネンの板を間違えて持ってきてしまったことに気づく。慌てて下へ下り、自分の板を持って急いで上へ。スタートにはかろうじて間に合ったけど、息を弾ませて飛んだ結果は65位。決勝には進めなかった。
今では慌てる彼って、想像がつかないけれど...。

01/02 アトミックを使っていた選手たち:アホネン(FIN) M.ハウタマキ(FIN) 原田 ホルンガッハー(AUT) ヘルヴァルト(AUT)  ロイツル(AUT)  ロッフラー(GER)

他人の板(その2) ラッシ・フースコネン
01コンチで来札したFINのラッシ・フースコネン選手。
航空会社のミスでフランクフルトに荷物が積み残しに。もちろん板もウェアも。「まだ来ない?」とコーチのアリペッカ・ニッコラはオフィスに何度も顔を出す。練習もできないし、何もすることがないのだ。

大会初日のノーマルヒル(宮の森)の試合には、ウェアは届いたものの、スキーは間に合わず、誰かの板を借りようということになった。が、彼はとても背が高かった。187cm。もちろん参加選手の中で一番高い。それで、同じメーカー(アトミック)を履いている西方選手の名前も挙がったが、結局、残る参加選手中、一番長身のマルティン・コッホ(AUT)のフィッシャーの予備の板を借りることになった。

マルティンは身長184cm。ちょっと短いけど、仕方ない。
ラッシはその借り物の板で83+90mを飛んで7位。板を貸したマルティンは3位(79.5+94.5m)で面目躍如。

大会2日目、やっとスキーが届く。が、17位。「スキー換えた方がいいんじゃないの?」とみんなに冷やかされる。イヤ、でも、いろいろと彼も大変だったと思う。異国の地で苦境に立たされて...。

そして大会最終日。1本目を終えて、原田、宮平、シュヴァルツェンベルガーといったWC組を押さえて2位。スゴイ! 勝っちゃうかもしれない。この日、優勝者にはSTV札幌テレビから副賞としてトヨタの車が贈られることになっていた。プレッシャーをかけるつもりはないけど、「車?!」なんてみんなで言っていた。

でも本人は「全然そんなつもりはない」と言う。2本目、原田131.5m、宮平129mと、我が国のトップジャンパーが意地を見せる。というか、要するにみんなあまり調子はよくなくて、来来週の札幌開催のWCに備えて、帰国調整中だったんですよね。
ラッシも123.5mとK点は越えたが、4位と惜しくも表彰台を逃す。「さすが自分のスキーだね」と言うと、うれしそうに笑った。ちなみにこのシーズン、1A枠で出場した自国フィンランド、クオピオのWCでは一桁のゼッケンでいいジャンプを見せるが、いいジャンプ過ぎてキャンセルになり、結果15位で終わっている。粒ぞろいのFINチームの中で02/03はナショナルBチーム入りをしている。

そのほか、01/02からは、AUTのヴィドヘルツルがBrizzardの板、GERのホッケ、リッツァーフェルト、ノイマイヤーはGERMINAというドイツの板を使っていた。


マテリアルの迷宮 〈ジ ャ ン プ ス ー ツ の 話〉
ソルトレイク五輪のGERの最新マテリアル作戦は失敗に終わる。GERは上半身と下半身のマテリアルが違うという最新のスーツを用意していたのだが1着のスーツに異素材を使ってはいけないというルールがあるとかで(少なくとも事前申請が必要らしい)、FISに使用を却下された。
なんでも素材が異なるために、踏み切り時に体を伸ばすと体の下に空気の渦が発生し、それがエアクッションになり、浮力を生むのだとか。

もっと傑作なのはヘルメット。空気抵抗を押さえた、ちょうど自転車ロードレースのタイムトライアル用ヘルメットのような形で、後ろに小さなしっぽがある。ヘルメットには規制がないので、いろいろ工夫できる、とドイツは言っていたが、空気抵抗に関与する装飾はつけてはいけないという規定があるそうです。
その最新スーツをGERはWC後半で着ていた。ルールはどうなったのでしょう? 色の違う生地を継いでいるだけかもしれない。でも見かけが目新しくて「アレは何?ドイツが何か新しいことをやってる」と他チームに思わせるだけで充分、心理的効果がある。銀とオレンジでウルトラマンみたいだった。逆に、なるべく対策が目立たないようにかどうか、同じ色を剥いでいるスーツもあった。

1着のスーツに色が数色使うことは、以前AUTもやっていた(左の写真はヴィドヘルツル)スーツは赤系(ピンクとかオレンジとか)・黄緑・青の3色使い。アレ、派手で、すぐAUTの選手だと分かってよかった。

ヘル選手は新スーツをとてもいいと言っていた。彼のはほかの選手とちょっと配色が違っていて、オレンジの部分が少し多い。マルティンはあまり変わらないと言っている。ヘル選手曰く:「飛行スタイルによるのでしょう」

以前から、同じ素材でも、後染めなので色によってスーツの硬さがちがうと言われている。
硬いものは着ていてゴワつき、違和感がある。膝が曲げにくい気がすると訴える選手も。強そうに見えるとか、誰も着てない色だとか、ラッキーカラーとか、心理面での影響も多少はあるようだけど、結局、みんな似たような色に落ち着くのは、着心地優先なのだろう。今の主流はシルバー。でも日本人は着ていない。そう言えば黒いスーツ、ペンギンみたいだ。とくにゼッケンをつけていないと。そう、ゼッケンのないスーツ姿って見慣れていなくて、なんか締まりがなくてヘン。
そういえばゼッケンも、昔は脇で紐を結んでいたりしたけれど、
スーツとゼッケンの間に空きがあるのはよくないらしく、今はストレッチ素材のピッタリしたものになっている。

スーツメーカーにはアディダス(FIN着用)、マイニンガー(AUT、GER)、ミズノ、デサント、フェニックス等ありますが、ルール改正後の裁断が微妙に違ったのは興味深かったです。
もちろんルールに違反した、遊びの多いスーツは失格になってしまうのだけど、中にはぴったりし過ぎたスーツもあって、それはあるメーカーに偏っていた。FIS派遣の検査をする人が「もっと大きくできるよ」と言っていたくらい。
マイニンガーはドイツの会社で、やはりドイツチームに特別の便宜を図っているらしい。と言うか、ドイツはいろいろ新しいことを考える。それを形にするのがメーカーで、その新しい思いつきを、当然ながら、たとえお得意さまであっても、他の国には漏らさない。自社の技術としてそれをほかのチームのスーツに使うことはない。

AUTもマイニンガーを使っているのだけど、現状に満足していないらしく、今度からはオーダーにするか、ミズノかデサントのスーツを試すかもしれないと、新ヘッドコーチのラピスト氏。
日本チームは、スーツはお揃いではないですね。以前、NHKでスーツの開発のことをやっていた。放送大学でもジャンプスーツや水着のことを見たことがあります。アレは何の講義だったか...?
イアン・ソープたちが着ている鮫肌全身水着も日本のアイディアでしょ。日本チームはもっとマテリアルにこだわってもいいような気がする。その辺のことって日本の得意技じゃないですか。技術大国、なんですから。

〈ヘルメット〉
ドイツの新ヘルメットの利点は空気抵抗はもちろんですが、フルフェイスなので、例えばヴィリンゲンのアマンのような転倒をしても、顔が傷つかないという利点があるそうです。私はカッコイイとは思えないですが。ガチャピンみたい...
ノイシュタットで転倒して鼻血を出したユッシライネンが、次のラウンドにはマスクつきのヘルメットを借りて飛んでいたのは、単に自分のヘルメットが壊れたから?それとも危険を感じたとか、何かのアピールだったの?
その後のWCでは通常通り、普通のヘルメットで飛んでいましたが。
夏にお目見えしたUVEXの新ヘルメットはフルフェイスじゃありませんでした。結局アレは×なの?!

〈マスク〉
足の裏の感覚が敏感じゃない選手は、マスクをすると何も感じられなくなってしまうとか。
宮様大会で来札したAUTのM.フェットナーはせっかく札幌で買ったマスクがヘルメットに合わなかった。合うものをさんざん探し回ったけれど、シーズンも終わりに近い3月ではどこにも見つからず、結局、接着剤でヘルメットにくっつけた。--マスクをつけるのは諦めなかったんですね。このとき、岡部選手のヘルメットのペインティングをしているという店員さんに出会う。「エッ〜!ボクにもして!!」とマヌエルは懇願。「そんなスグにできないよ。仕事(=店番)もあるし」とこちらは断念。14歳、いろいろやってみたい年ごろ...。だから札幌が彼のマスクデビューの地かもしれません。その後、AUTチームでは確かマスクが禁止になった...。

マスクで有名な選手は多々いるけれど、誰もに、初めてマスクをして飛ぶジャンプというのがある、あったわけですよね。
ドイツで『マスク』ともあだ名されている某超有名選手も、若いころ--今もまだ若いけど、札幌でマスクをご購入になったことがあるそうです。あっ、べつに隠す必要はないんです。そうヤンネ・アホネンです。でも彼、夏の時点ではトレードマークとも言えるマスクをしていませんでした。そろそろ飽きた?
フ ラ イ ン グ の 話
今やWCはそのほとんどの試合をラージヒルで行っている。大倉である係員が言っていた。「昔は100m越えたらワ〜!!ッてなった。でも今はK点越えないとあ〜あだもん。ジュリーディスタンス越えたらスゴイってなもんで・・・」

Flying Hill in Oberstdorf
オーバーシュトドルフのフライングヒルを訪ねて

大会がないと観客席はなく、国旗も飾られておらず、ちょっとさびしい。でもジャンプブームのお陰か、けっこう観光客はいる。
オーバーシュトドルフのフライングヒルは街の中心から3,4km離れたところにある。
K185。当然、ブレーキングトラックも長く、スタートから着地面は見えない。
スタートへは、まずペアリフトで登り、エレベーターに乗り継ぐ。9DM(ユーロ導入前でした)。高い? ちなみに大倉山はリフト往復500円。エレベーターは中継でもよく映るひし形の箱で、それが斜めに上がっていく。壁や手すりにはマルティンやハニー宛の落書きだらけ。ここに彼らが立つのだから、気持ちはわかる。幸いにも日本語の落書きはなかった。
写真右:スタートからフライブルク湖を望む。
大きな台の大ジャンプは見応えがある。10秒も空中にいれば、選手もジャンプ=落ちていくのではなく、本当にフライング=飛んでいると感じるだろう。
確かに魅力はある。日本にもフライングの台が1つあったらいいのにと思ったりもする。「バブルの時に作っちゃえばよかったんだよ」と言う人も。

岡部選手がプラニッツァのフライングで転倒したのは99/00?ほかにもフライングで転倒を経験している選手はたくさん。秋元さんとか葛西選手とか。99年、ヘリで病院に運ばれたのはロシアのコベレフ。ハナヴァルトも初めてのフライングの思い出は脳震盪だという。

フライングはジャンパーにとってある種の夢だという。誰もが憧れる。逆に好きじゃないという選手もいる。

転倒時の危険もさることながら、転倒しなくてもフライングは体に悪いスポーツなのだそうだ。
フライングのときのジャンパーのアドレナリンの分泌量は、F1ドライバーが最高速で走っているときに等しいという。
フライングのあとは翌日まで手が震え、何もする気が起こらないという。だから何度もやるとことは危険だし、ふだん練習できないし、たとえできてもしないのだそうだ。

だから、どうかと思う、フライングの団体戦。飛ぶだけで大変なのに、連帯責任の精神的プレッシャーとまでなると。まぁ、選手がいいんならいいんだけどね。


ド ー ピ ン グ の 話
ロシアのヴァシリエフのドーピングはジャンプ界初の出来事だった。
これまでジャンプとドーピングは無関係と思われてきた。ジャンプに持久力は必要ないからだ。あれ以来、毎試合後、上位4人+無作為に選ばれた2人のドーピングテストが行われているという。
ヴァシリエフが服用したのはPheurosimedという利尿剤。服用すると利尿効果があり減量できるという。この利尿剤は筋肉増強剤を隠蔽もするので、ふつうはむしろそちらの目的で使われるらしい。ジャンプで薬に頼ってまで筋肉を増強するというのは考えられないし、必要ないので、まぁ、減量に利用したにとどまるようだ。

複合競技では、試合前にヘモグロビンテストがあることがある(無作為抽出)。ドーピング検査は抜き打ちで、どの大会で行われるかチーム関係者には知らされない。札幌ではあった。選手は試合後、突然、検査があることを知らされる。手伝っていたコンピューターチームがデータ処理や撤収にかかっていたそのとき、ノルウェーのハマーが、優勝したにもかかわらず、むくれて、そこに座っていた。「彼、どうしたの?」と聞くと、「ドーピングだって...」とのことだった。と言ってもドーピングが陽性だったという意味ではない。結果が出るまでには1カ月ぐらいかかる。せっかく優勝していい気分だったのに、ドーピング検査だなんて。しかも、ほかの調べられた選手たちはさっさと終えてさっさとホテルへ帰ってしまったみたい。ボクだって、腹減ってるのに〜!例えば、試合直後にトイレに行く。そのあと検査があること、選ばれたことを知ったら? 次にトイレに行きたくなるまで待たなければならない。昨今、クロカンでドーピングが続き、複合ではますます検査が厳しくなるようです。清廉潔白を証明するには仕方ないですけどね...。でも、成績のためのドーピングと、例えばほんの風邪薬を飲んだだけ(葛根湯などの漢方薬を始め、ほとんどの市販薬はひっかかる)とは紙一重だし、どう規制するかは難しい。コンピュータに疲れて栄養ドリンクを飲む...まさにドーピングです。

ヘモグロビン検査 --キルヒアイゼン(GER)のドーピング疑惑を巡って→nordic combined


Oh!人事! 交替、イヤ、交換? 02/03 ヘッドコーチ人事

以前(シュミット前)にドイツのヘスコーチが言っていた。チームが不振なときはコーチのせいにされるけど、いいときはなかなかコーチがいいからとは言われないものだと。

01/02シーズンが終わり、来シーズンに向けて、主力チームでヘッドコーチの交替がある。

シーズン中から移籍が話題になっていた、FINのカ・コヨンコスキコーチはNORへ行くことが決まった。途中、イナウアーさんに誘われ、AUTという話もあった。簡単に決断したわけではないと言う。彼には3つの選択肢があった。1)FINに残る。2) NORへ行く。3) AUTに戻る。
チームの成功率は1が一番高いでしょう。今後、自分は何をやりたいのか? と考えた。彼は安定を好まない人だ。そして再びNORを世界のトップに押し上げるという使命が彼を駆り立てた。まぁ、NORなら同じスカンジナビアだからうちへ帰りやすい?
朝の6:00の飛行機に乗れば8:00にはオスローに着くそうだから。

ではFINはどうするのか? スイスのベルニ・シェードラーコーチに目をつけたらしいが、彼はおそらくスイスチームとの契約を更新するだろう。シモンが金メダルを取り、チーム全体の底上げも成功してきている。それより何よりFINにフィンランド人以外のコーチというのは考えにくい。

その後、FINのヘッドコーチはFIN複合チームのジャンプコーチをしていたトミ・ニクネンに決まった。副コーチのカリ・パタリさんは来シーズンもFINの面倒を見るそうです。

ミカが辞めることが決まり、後任が決まらないとなって、一番に考えたのはカリさんの持ち上がりということだったのですが、何でも、カリさんはチーム土屋のコーチにと聞いたので、それはないのかな、と。結局カリ・パタリさんはフィンランドナショナルチームに残り、TSUCHIYAのコーチはトピ・サルパランタ、ペッカ・ニエメラの両フィンランド人コーチになった。

で、ニクネンの抜けたFINの複合チームの体制も当然、一新される。ジャンプコーチだったニクネンが純ジャンプに、これまでのヘッドコーチ、ヨウコ・カルヤライネンさんはジュニアのコーチに。
ノルウェー複合チームのコーチをしていたユリ・ペルコネンさん(FIN人)がヘッドコーチに、ヤーッコ・タッルスの個人コーチだったヤルッコ・サアプンキさんがジャンプコーチになる。
ああ、フィンランド人の名前って疲れる。

トミ・ニクネン00/01、複合のWCが名寄と札幌であったとき、私は何度も彼を選手と間違えそうになった。実際、現役でもおかしくないくらい若く、雰囲気がマンニネンとか、マンティラとかに似てたから。
複合の場合、ヘッドコーチ、ジャンプコーチのほかにワックスマンなどもいて、若いスタッフも多い。ニクネンがone of them-つまり副コーチとかワックスマンではなくて、ジャンプコーチだと知ったのはジャンプ練習が始まって、彼が旗を振っているのを見たときだった。それでも日本だから、本物のジャンプコーチが来なくて、代理? とか思っていた。
その後、どこの大会でも彼がコーチスボックスにいるのを見て、やっと納得。その彼がジャンプナショナルチームのヘッドになったなんてほんとビックリです。

AUTのイナウアーヘッドコーチ代行も辞める。元々彼は故リップブルガーコーチからチームを引き継ぎ、五輪を鑑みて今シーズンまでやってきただけ。イナウアー氏もコヨンコスキ氏にコーチの要請をしていたらしいが、断られた。そこで、JPNのバシャ・バイツコーチ白羽の矢を立てた、という話も一時はあった。

それにしても新しい人材ではなく、ほぼ今いる人で回っているというのはおもしろいですね。

AUTは現サブコーチのアレックス・ポイントナーが持ち上がると言われていました。でも探し出してきました。またまたFIN人です。ハンヌ・レピストさん。98年にはFINチームのコーチをしていました。98/99年はイタリアのヘッドコーチ。アホネン、ニッカネンといったようなワールドクラスの選手を出した経験がある。ここ数年は、オイロスポーツの副コメンテーター。コーチの職にはないものの、選手とは常にかかわっており、01/02はアホネンが不振から抜け出すのを手助けしたりしていた。そうラハティの人です。まずは2年の契約。

糠喜びのアレックス・ポイントナーは二軍の責任者になった。彼はまだ若いのでAチームのヘッドコーチになるのは、充分経験を積んからでも遅くない。AUTはいい選手はいるのだけど、結局、先シーズンは落ち込んで終わったような形で、そういうチームを活性化するのはベテランコーチでもかなり難しい。
たとえば現FINのように選手も粒ぞろいで成功しているチームを引き継ぐよりはずっと大変だ。
ゴルトベルガーもラピストコーチのもと、もう1年やることにしたとか。それから、引退したばかりのホルンガッハーもスタッフになる。2、3年の経験後、彼もヘッドコーチを目指しているそうだ。

ところでGERは今シーズンからWCのチームを8人から11人に増やし、その中からいい選手を選んでWCに出すという方針を打ち出した。そしてコーチは、大きな変動はありません。闘将ヘスコーチ、まだまだやります。でもこれまでBチームを見てきたアンドレアス・バウアーコーチがこの11人体制チームに加わる。ヘスコーチが退いたときに、シュタイアーコーチとバウアーコーチとでチームを引き継げるようにするためらしいが...。

日本は八木さんですか。内部事情はよくわからないけど、とりあえず言葉もできるし、海外経験もあるし、いいんじゃないですか。それにAUTから副コーチとしてヤンコ・ツヴィッター氏が加わる。お手並み拝見と行きましょう。

ミカ・コヨンコスキ、迷う。トリノオリンピックまで続けるか?!
ミカ・コヨンコスキが正式にNORのナショナルコーチに就任したのは02年5月1日。いきさつは上の通り。彼の就任前、NORではヨケルソイのWC総合35位が最高だった。目標は2年後に選手を15位以内に入れること。02/03シーズンが終わって優勝者が3人(ロメレン、ペッテルセン、ヨケルソイ)。改革は成功した。現在の契約は2年間。03/04で切れる。02年3月、プラニッツァの最終戦後、ミカはあと2年、契約を延長したいとメディアに語っていた。その方が長期的トレーニング計画が立てやすいからだ。ところが9月になった今、彼はまだ契約書にサインをしていないのだという。また、どうして?!

ドイツでヘスコーチの去就問題が持ち上がったとき、ドイツは04年からミカをヘッドコーチに迎えるべく交渉していたらしい。ミカの現在の収入は少なく見積もって1シーズンで13万ユーロ。ドイツはもちろんそれ以上を提示したと言われているが、拒絶された。ギャラの問題ではないし、コーチとしてNOR以外の国に行くつもりはないらしい。コーチをするのはこれが最後とも言っている。

では、ある程度、目標を達成して、モチベーションをなくしてしまったのか? それもないらしい。

やはり家庭の問題なのではないかと推測される。ミカは現在もFINに住んでおり、いわば通いでコーチをしているが、シーズンが始まれば家にいるのは1週間に2日あるかないか。奥さんは"コーチ、ミカ"を理解している。彼には3人のお子さんがいて、2人の女の子たちはパパが家にいないことに慣れてしまっている、らしい。でも末っ子の男の子は不満を漏らす。4歳。かわいい盛りだ。もしFINのコーチをしていたら、かえって忙しかっただろうと言う。昼夜なく働いていただろうから。場所(国)の問題ではないのだ。もちろん"日本"なんていうのはあり得ないが。人生の重大な選択ですね...。
シーズン中にこれについて議論したくないので、冬前には、続投か、03/04で辞めるのか、心を決めたいとしている。